理事長所信


公益社団法人 長野青年会議所 2019年度理事長所信 中村将臣



~ 一人ひとりが主役となり、新たな時代を切り拓く先駆けとなれ ~
一つの時代が終焉を迎える。
一歩、また一歩と新たな時代の幕明けが迫る。
新時代、即ち未来はすべての青年のものである。
そして、青年の覚悟をもった行動こそが未来への光明となる。
今こそ断固たる決意を胸に、新たな時代を切り拓く先駆けとなろう。

はじめに

 激動の平成時代が終わりを迎え、新たな一歩を踏み出すこととなる。思い返すと平成元年をピークにバブルが崩壊し、これまで信じてきたこと、当たり前としてきたことが通用しなくなり、様々なひとが様々な立場で混沌としながら始まったのが平成時代ではないだろうか。そのような中、火に油をさすように地下鉄サリン事件、阪神淡路大震災、北朝鮮のミサイル発射など、平和とは何か、我々が目的に掲げる「明るい豊かな社会の実現」「恒久的な世界平和」とはどのように創造していくものなのか、現実的に考えなければならない衝撃的な事件や災害が相次いで起こった。戦争から解放された時代として平成時代のあり方を模索し、バブル崩壊後企業の再建が各所で行われ、時代に順応しようやく安定を取り戻したとき、リーマンショックによる金融恐慌や東日本大震災という未曾有の災害が日本を襲ったのだ。しかし、このような状況は現代に限ったことではなく、いつの時代であっても必ず困難に直面している。そのたびに、その時代を生きる青年たちが困難から決して目を背けることなく、勇敢に立ち向い、未来を切り拓いてきたのである。
1949年、戦後廃墟の中「新日本の再建は我々青年の仕事である」という志を掲げた若き青年たちが集い、国の復興、再建は他の誰でもなく、自分たちが担っていくのだという使命感に突き動かされJC運動が始まった。その後、日本中にJC運動の灯りが燈り、1953年、長野青年会議所(以下長野JC)は25名の青年の強い信念と抑えがたい情熱をもって誕生した。昨年、長野JCは創立65周年という節目を迎え、本年は創立70周年、その先の未来を見据え、確かな一歩を踏み出す一年と位置付ける。未来に向け積み重ねる一年は、挑戦のために与えられた一年である。今こそ、変革の能動者である我々Jayceeは失敗を恐れず、強い信念と未来への希望を抱き、時代の変革者としての責任を果たすことで、次
代への礎となろう。

良識と良心あるJaycee

 長野JCは地域に根差した運動を推進し、未来を創造する団体として誰からも頼られ、期待される存在でなければならない。それには、創立66年目を迎える歴史ある団体の一員である自覚をもち、会員一人ひとりが誇りを胸に、伝統の継承者であると同時に、変革の能動者としての責任を果たす必要がある。そして、常識に基づき良識ある行動を示すとともに、支えてくれる人たちや、周りに対する感謝という良心を備えてもらいたい。
法治国家は先進国といわれ、日本もその一つであった。しかし、これは決して最上のものではなく、進歩の一つの過程にすぎない。国家も一つの組織であり「法三章」で繁栄する良識国家、即ち良識ある組織こそ理想であり、我々が追求すべき組織形成であると考える。ただし、定められている規則や条例をないがしろにしてよい訳ではない。むしろ、良識ある組織を構築するために、国や地域に制定された規則や条例を学び、社会問題に関心をもつことが重要である。そして理解を深めることは勿論、常に最良を求め様々な疑問を投じ、問題意識をもって何事にも取り組むことで、規則が礎となり良識が軸となる組織へと更なる進化を遂げるのである。また、長野JCという団体がもつ組織の魅力として多様性がある。長野市を代表する青年世代のリーダーたちが集まり、様々な能力や個性を発揮することで互いを研鑚し、組織の価値を何倍にも高めている。この多様性こそが、常に時代の先駆けとして地域社会に変革をもたらし、牽引する組織の原動力だと確信する。さらに、我々は公益法人格を取得し、信用ある団体として日々活動している。信用とは一朝一夕で得られるものではなく、積み重ねた信用も築きあげた信頼も失うときは一瞬である。だからこそ、厳正且つ盤石な組織運営に徹することはもとより、社会において重責を担い、模範となる立場であることを決して忘れてはならない。今こそ、全会員の良識と多様性が織りなす、新たな時代の規範となる組織を構築しよう。

伝えるから伝わる、その先へ

 市民意識の変革を志し運動を推進している我々は、常に運動の対象者がいることを念頭に置かなければならない。どれだけ素晴らしい事業を構築しても、それが対象者に伝わらなければ、本末転倒であり自己満足でしかない。また、情報を発信することは長野JCの会員一人ひとりに与えられた役割であり、夫々が当事者であることを再認識してもらいたい。そして、組織として明確な戦略をたてることにより、計画的で広く情報発信を行う土壌を築き上げたい。
これまで長野JCは情報化社会の変化に伴い、ホームページや広報誌、SNSなど、様々な情報発信ツールを用いて対応をしてきたが、これらは媒体を作ることが目的ではない。あくまでも情報発信の目的は、対象者に情報が伝達され理解されることにあり、さらにそこから行動を起こしてもらうことまでが目的であることを忘れてはならない。日常の生活において私たちは、テレビや新聞、インターネット、口コミなど何かしらの情報を得て、常に行動の選択を行なっている。また、自分自身や周りの人たちの行動を振り返り、どのような情報に興味を惹かれその行動を選択したのか、詳細に分析し応用する必要がある。そして、ただ闇雲に情報を発信するのではなく、誰に、どの世代に、何を伝え、どのような行動を起こしてもらいたいのか、明確な意思をもった取り組みや情報発信を行おう。さらに、未来を創造する公益性のある団体として、コンプライアンスの徹底といったガバナンスが必要不可欠である。著作権や肖像権、マイナンバー制度など目まぐるしく変化する社会情勢の中で、柔軟性をもって対応していく必要がある。そして、厳格且つ効果的な組織運営を実践し、長野JCがもつ付加価値を高めることで、社会的価値を追求し、能動的にブランディングを行おう。

こころの姿勢

 我々が籍を置く長野JCは、毎月一回以上、年十二回以上、例会(会員参加の事業)を開催することが定款に記されており、組織運営規則には全員例会に出席するものと記されている。これは長野JCの例会について表記された事項である。
昨今、例会の在り方や重要性について会員の意識に格差を感じる。遅刻や欠席が常態化し、開催中も居眠りやスマートフォンに夢中の参加者、挑戦することから目を反らし発表する運営者や準備不足が散見される。このままでは事業に真摯に取り組む仲間の姿や、真剣に拝聴してくれる仲間の姿を見ても、何も感じなくなるのではないかと怖さを覚える。だからこそ、この無関心、無気力な例会から脱却し、例会の本来あるべき姿を取り戻したい。我々にとって例会とは何か、どのような場であるべきなのか、今一度全会員で考えよう。共に運動する仲間が一堂に会し、こころの周波数を合わせる時間は我々にとって何よりも貴重なものではないだろうか。同時に全会員にとって、気づきや新たな価値観が生まれ、運営者の想いが浸透する大切な機会ではないだろうか。例会には様々な形式があるが、当日を迎えるまで運営に携わる会員は多くの時間や労力を費やし、来場者をこころ待ちにしている。運営者は多くの参加者に対して様々な学びや気づきを与えること、JC運動とそこにかける情熱が伝播するように全力を注ぎ、参加者は仲間の新たな一面を知り、懸命な姿にこころを打たれ共感を呼ぶ。それが例会は勿論、様々な事業への取り組み姿勢や参加意識に大きな変化を生むのである。長野JCの例会にはそれだけの大きな力がある。例会を通じ、会員同士がこころとこころで語りあうことでJC運動に対する確固たるこころの姿勢を共に創り上げよう。

挑戦の一歩

 自らが住まう長野市というフィールドで精力的に活動し、まちづくり運動を推進する我々は、常に自己成長の機会を求め、目まぐるしく変化する世の中に対応していく術を学び、知識を養っていかなければならない。世界規模の組織に身を置き活動する我々が、自らの住まう地域という枠だけに捉われてしまうことは、非常に残念なことであると同時に危険なことでもある。しかし、恵まれたことに青年会議所という組織には、世界各地で同じ目的に向かい活動する団体があり、同じ志をもつ数多くの会員が所属し、様々な自己成長の機会に巡り合える。この無数に広がる成長の機会と、多くの仲間との出会いも青年会議所がもつ魅力ではないだろうか。だからこそJC運動を広い視点で捉え、自らのフィルターにかけず、殻を破るという挑戦の一歩を踏み出してほしい。また、長野JCの枠を超え、出向という勇気ある決断をした会員に対して、気持ちを慮り支えることや直向きな姿に感銘をうけ、素直に敬意を表することは、ひととしての深みが増し器は広がる。だからこそ、こころから応援すること、LOMをあげて支援することに本気で挑戦しよう。そして出向者たちは、安心して帰れる場所をつくり支援してくれる仲間のために、成長した姿を見せるだけではなく、常に周りへの感謝の気持ちと背負っている責任を忘れずに行動しよう。さらに、コミュニケーションの充実化を図るために、互いの立場や役割に対する理解を深める機会を設け、相互理解から生まれる強固なLOMの出向体制、支援体制を確立しよう。
出向したからこそ得られたもの、支援することで得られるもの、どちらも長野JCと会員にとって貴重な財産となり、またひとつ高いステージへと歩みを進めるきっかけとなる。その先には必ず未だ見たことのない世界が待っている。その世界に広がる風景とはどのような景色だろうか。誰もが挑戦することでたどり着いた新たな世界はどのような景色だろうか。我々にしか見ることのできない光景をしっかりと目に焼き付け、未来という真っ白なキャンバスに壮大な世界を鮮やかに描こう。

当事者意識とリーダーシップ

 我々が活動している長野JCには苦楽を共有できる多くの仲間がいて、志を同じくして運動に取り組むことで、かけがえのない友情が生まれる。仲間は皆、互いを信じ合い強い絆で結ばれている。このようにおもいやり溢れる組織だからこそ、多くの青年が長野JCの門を叩き、循環を繰り返しながら毎年200名を超える会員がまちづくりに没頭している。また、多くの会員が在籍するからこそ、知恵を出し合い、多様な価値観に基づく長野JCならではの事業を生み出し、マンパワーでまちづくり、ひとづくりに大きく貢献できるのである。そして、我々JayceeがいるからこそJC運動は推進され、地域が発展していることを忘れてはならない。だからこそ、会員拡大運動は地域や組織の存続に留まらず、JC運動を推進するうえで根幹であることを全会員の共通認識とする必要がある。さらに、長野JCに籍を置いた以上、当事者意識をもち、生涯一Jayceeとして向き合い続ける運動と言っても過言ではない。そして、この会員拡大運動を推進するうえで最も重要なことは、一人ひとりが自らの言葉でJC運動を語り、長野JCの魅力を表現して発信することである。自らのJC運動に取り組む姿勢と培った経験こそが、表現する言葉の一つひとつを熱の帯びた言霊へと昇華させ、入会対象者のこころを感化し、思考をプラスの方向へ転換させると確信する。全会員で情熱と新鮮な風を吹き込む新たな仲間を迎え入れ、こころから歓迎しよう。
本年のスローガンでは我々Jayceeは、一人ひとりが主役、即ちリーダーであるべきだと謳っている。リーダーとは、創造力と行動力を兼ね備え、自らが率先してアクションを起こせる人物を意味する。よって、私たちは地域を牽引するリーダーであり続けるためにも資質を身に付ける必要があり、リーダー自らが人間性を磨き高めることで、ひとがひとに魅了され、より一層強固な組織が築かれるのである。そして一人ひとりがリーダーとして能動的に活動することで、組織における会員の数は力となり、質は強さへと変わるのではないだろうか。JC運動は会員により構築され様々な手法を用いて実施される。運動の背景には市民の意識を変革し、明るい豊かな社会を実現するという理念があり、多くの市民がその志を備えることで成就に向かい近づいていく。青年会議所の運動理念である「明るい豊かな社会の実現」とはなにか、なぜ我々は青年会議所の一員として日々運動を行っているのだろうか。こうした根幹を改めて考えるところから会員の意識改革、そして組織改革が始まる。できない理由を並べるのではなく、どうしたら実現できるのかを考える。この発想を念頭におき、全会員が根幹と本質に向き合ったJC運動に全力で取り組もう。

光溢れる未来

 長野JCが所属する日本青年会議所はJCI(国際青年会議所)に加盟する団体である。JCIは国連認定のGeneral Statusを有するNGO組織であり、国連が進めるイニシアチブに協調しながらSDGs(持続可能な開発目標)への取り組みを積極的に行うことで、The future we want(私たちが望む未来)の実現を目的に掲げた運動を推進している。我々長野JCも創立以来、長野市のより良い未来を描き続け、実現を目指し多岐に亘る社会開発運動に取り組んできた。多くの運動がスターターとしての役割を果たし、青年らしい斬新な発想のもと構築され、地域社会の発展に大きく貢献している。そして、今なお多大な功績は輝きを放ち、未来である現在を豊かにしているのだ。
昨年、長野JC創立65周年という節目を迎え、本年は70周年に向けた新たな一歩を踏み出すこととなり、この一歩の責任を私は重く受け止めている。60周年時には「光溢れる我がまち長野」~みんなで創る確かな未来~のもと70周年に向けた未来ビジョンが策定されている。さらに、昨年は中間期としての検証や方向性の再確認を行い、より具体的に今後5年の運動指針が定められた。これらを実現させるために我々は、未来を見据えた運動をあらゆる分野で考案し、地域社会にインパクトを与える事業として実践していく必要がある。全会員が知恵を出し合い、運動の方向性が正しいものなのか検証しながら、変えることができるものについてはそれを変えるだけの勇気をもち、変えることができないものについてはそれを受け入れるだけの冷静さをもち決断しよう。
また、この変わりゆく時代の中で、長野JCには色褪せない運動の精神がある。それは我々に根付いているこころの色「ヤングブルー」である。時代が、ひとが、まちづくりの取り組み方が変わってもこの「青」を深く、濃く、まちの未来を創る次代へ引き継いでいく使命がある。このヤングブルーの精神を運動の軸に据え、単年度制度というJCの制度の中で、どのような事業であっても次代に伝承することを念頭におき、今を生きる青年として未来を切り拓こう。そして、社会開発団体としての存在意義を示すことで、光溢れる未来への希望となろう。

持続可能なまちづくり

 大都市へのヒト・モノ・カネの一極集中がますます加速することが予想される中、地方では生産年齢人口の減少も相まって、一層の打開策を講じる必要性に迫られている。やはり、長野市においても生産年齢人口の減少は顕著であり、産業による発展だけに頼らない、特色あるまちづくりに対する機運を高めていくことが重要である。我がまち長野は多くの地域資源を有しており、それらの地域資源を掘り起こし、新たな価値を生み出すことが特色あるまちづくりに直結する。新たな価値を生み出すためには、地域資源のもつ魅力を発見、再認識し、その価値を共有することで地域資源を戦略的に展開していくことが重要である。そして、そのプロセスにおいて地域内外のつながりを結合し、知識や情報を深く共有することや、異質な情報が新たに流通する効果を生みだすことも大切である。我々長野JCが中心となり、様々な連携によるつながりから多くの成果をあげることで、各所で輝きを放ち存在感を示そう。また、近年、サスティナブル(持続可能)という言葉が注目を集めている。もともとは環境用語として使われていたが、将来に渡って環境を保持し、未来の世代の利益を損なわないという視点が斬新であると注目され、様々な分野に広がりを見せている。まさに、未来に向けて持続的に発展できる取り組みとは、まちづくりの理想と言えるだろう。今こそ、地域活性化、地域づくり、地域おこしの三要素を補完し、真の地方創生を実現させることで、活気を呼び覚まし持続可能な都市長野を創造しよう。

グローバル時代の主役

 日本が観光立国として国をあげて外国人旅行者の受け入れを推進していることで、外国人旅行者が増えており、国際都市を推進する長野市も他地域に比べグローバル化が進んでいることを肌で感じている。さらに、世界との垣根がなくなりつつある状況下において、海外の方と交流する機会は、今後ますます増えていくであろう。
また、本年はG20サミット首脳会議(金融・世界経済に関する首脳会合)が初めて日本は大阪の地で開催となる。さらに、全国8か所で関係閣僚会合が開催され、長野県では持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合が軽井沢町で予定されている。この機会に約35の国や機関が日本や長野県を訪れ、国際の舞台の中心として一層世界から注目を浴びることとなる。
長野市が加速するグローバル時代に向けて発展するためには、グローバルな視点を持ち、地域から世界を見据えて国際の舞台で活躍できる人財を育成していく必要がある。地域と世界が直接つながることで、新たな可能性が生まれ、斬新な発想こそが地域を活性化させるための力となる。だからこそ、この地域に国際交流の新たな機会を創出し、多くの海外の方が長野を訪れる契機としたい。そして、我々も広い視野や感性を身につけるとともに、一人ひとりが知識と経験を兼ね備えた真の国際人として自己成長することで、このグローバル時代を牽引し、地域や企業を発展させられる人財として活躍しよう。
本年は長きに亘り交流を育んだソウル江北青年会議所との姉妹締結から40年、台中國際青年商會との友好締結から50年を迎える。交流の歴史に敬意を表し、更なる友情を育むとともにこの貴重な機会を積極的に活用したい。そして、交流を原点に互いの国をひとで結び、国際社会とひとが調和する真の国際都市NAGANOを創造しよう。

子どもたちの未来を守る

 日本の子どもの約7人に1人は貧困状態にある。特に、ひとり親世帯の子どもは2人に1人が貧困という危機的な状況であり、先進国の中で最低の数字を記録している。また、ひとり親世帯の子どもの貧困率は、OECD(経済協力開発機構)加盟35カ国平均の2倍以上の数値となっている。まさに、子どもの貧困問題は日本社会における最優先課題であり、国や自治体とともに解決しなくてはならない問題と捉えている。また、そうでなければ永遠に解決しない問題であるのだ。その前提には、社会保障や社会福祉の制度が世界的にも脆弱で、とりわけ子どもや子育て世代に対しあまりに少ない税の再配分が、経済優先の政策によって広がる格差、貧困をますます深刻な事態にしているからである。貧困の世代間連鎖はこの状況下で必然であり、個人の努力やそれを奨励する取り組みだけではとうてい解消できず、ましてや地域の共助では及ばない問題となっている。さらに、学習の遅れや不登校、虐待など子どもたちを取り巻く様々な問題は、背景に貧困という共通点があることがうかがえる。この現状に対し、我々は強い危機感を持たなければならない。そして、「明るい豊かな社会の実現」を目指す団体として、先達が築き上げた未来を生き、未来を託された責務において、貧困という負の連鎖を断ち切り、地域の宝である子どもたちの未来を全力で守る必要がある。なぜなら、すべての子どもたちに幸せに生きる権利があり、その未来は明るく豊かであるべきだからだ。この混沌とした時代に光を射し、地域から取り残されるひとをなくすことで、平等で安定した社会を共に創り上げよう。

スポーツに宿る力

東京オリンピックやパラリンピック、ラグビーワールドカップの招致を契機に、日本全国がスポーツによる盛り上がりを見せ、我々の目には明るい未来が映っている。これらのメガスポーツイベントは交通や宿泊施設、観光関連のインフラが急激に整備され、国や都市のイメージ、認知度が飛躍的に高まるなど歴史的にもエポックとなり、様々な分野に多大な影響を与えることとなる。しかしながら、それは刹那的な一過性の明るい未来ではないだろうか。我々が本当に大切にしなくてはならないもの、こころに留めなければならないものとは何か、今一度見つめ直しこれからのスポーツと地域との関わり方を考えていく必要がある。
また、我がまち長野は冬季オリンピック、パラリンピックの開催実績をもつ稀有な都市である。特に長野冬季パラリンピックでは、競技の様子が新聞では社会面などではなくスポーツ面で報道されるようになり、過去、取扱いが小さかった各種メディアにも変化が生じ、報道を積極的に行う大会となった。その結果、パラリンピックのアスリートたちの勇気や強い意志に触れることにより、社会のバリアを解消し、一人ひとりの意識や社会の仕組みを転換することで、誰もが活躍できる社会の実現は可能であるという気付きを与えてくれた。長野冬季パラリンピックの開催を契機に、スポーツによる共生の在り方が全世界に広く発信されたのである。
スポーツによって得られるものや、スポーツがもつ意義や効果は多岐にわたり、対象も健常者からハンディキャップを抱える方、年齢も子どもからお年寄りまで幅広くなっている。また、競技力や体力の向上といった直接的なものばかりではなく、個人の人格形成や生きがいに深く関わり、ひとが社会を形づくるうえでも重要な役割を果たしていると言えるだろう。我々が生活をしていくうえで密接に関係するスポーツは、人類が共同して発展させてきた世界共通の文化の一つである。だからこそ、社会の課題解決に向けたアプローチとして非常に有効であり、スポーツに宿るちからを活用することで、地域に活力を与え誰もが笑顔で逞しく生きられる社会を実現させよう。

共栄の源泉

 今なお長野市民のこころに浸透し、その華やかな思い出に浸ることのできる出来事、それが長野冬季オリンピックではないだろうか。このオリンピックの招致運動を推進した長野JCが、オリンピックの平和を願う精神を後世に伝えようと始めたまつりが長野灯明まつりである。昨年、長野冬季オリンピックから20周年の節目を迎え、平昌オリンピックの開催も花を添える形となり、第十五回長野灯明まつりは幻想的な冬の長野を演出することで、50万人近い観客を魅了し成功裏に幕を閉じた。これは主体的な運営者として誇るべき事実であると考える。そのうえで今後我々は、まちづくり団体として長野灯明まつりとどのように向き合っていくべきであろうか。長野市から寄与金の終了が目前に迫る中、より多くの企業や団体、市民の共感を集め、共に運営していく仕組みが必要不可欠だと考える。そのためにも、オリンピックレガシーとして全国的に見ても稀有なこのまつりの継続と、更なる地域の発展に向け貴重な観光資源として捉えることで、双方の可能性を追求する運動を推進していかねばならない。
また、長野JCがまつりの復活に寄与し、運営に携わっているながの祇園祭御祭礼屋台巡行も、長野のまちの歴史と文化を肌で感じることのできる重要なまつりである。ながの祇園祭を通じ、中心市街地の地域コミュニティを活性化させるためには、市民の能動的な参画が重要であり、そのために我々は何をすべきか今一度考えるべきである。そして、まつりに宿る美しい精神、いわばまつりのこころを大切に磨き上げ、共にまつりを創り上げることで、まつりの発展とともにまちが栄えていくための源泉となろう。

次代への燈火

 我がまち長野は国宝善光寺を有し、日本を代表する門前町として栄えてきた。長野市には江戸時代から日本三大祇園祭として全国的に有名な御祭礼(弥栄神社御祭礼)があったが、戦争により中止となり、終戦後に復活したものの以前のようにはいたらなかった。我がまちに賑わいを取り戻すべく先達は「火と水と音楽と若者たち」という若者向けのイベントを立ち上げ、さらにそれを昇華させる形で「長野市民祭」として長野びんずるが誕生した。この長野びんずるは門前町、中心市街地が舞台となり、善光寺で1400年もの間、絶やされることなく受け継がれてきた不滅の常燈明の火を採火し、各所に燈すことで長野びんずるが幕を開ける。夏の風物詩となった長野びんずるは本年49回目を数え、来年には半世紀を迎えるまつりとなる。我々は、先達とこの歴史にこころから敬意を表し、継続することだけに満足するのではなく、未来永劫このまつりが受け継がれることを願い、運営に全力を注ぎたい。また、長きに亘り継承される伝統や文化は、地域への愛着と誇りをもたらすことを、市民祭である長野びんずるから発信しよう。長野びんずるに根付く「市民総和楽・総参加」という文化により、踊り手、観覧者、運営者が自らの住まうまちを大切に想い、創り上げるまつりだからこそ、一体感が醸成され大きな輪が生まれる。この輪によって地域とひとを結び、まつりがもたらす非日常のエネルギーを燈火として掲げ、長野市の未来を明るく照らし、絶やすことなく次代にこの燈火を継承しよう。

結びに

 これから先どのような時代が訪れようとも、時代のせいにしてはならない。そして、ひとに対して決して諦めてはならない。
我々Jayceeは、世界や日本、自らが住まう地域やひと、そして未来に向けてすべての可能性を信じ、より良くしようと真摯に人生と向き合いJC運動に励んでいる。
これからも、何かを与えてもらいながら生きるのではなく、何かを与えられる生き方をしよう。そして、青年という限られた時間を誇り高く、若者らしく生き生きと活動することで、自身の存在価値を証明しこの時代に生きた証を鮮明に刻もう。

「躍動」
~ 一人ひとりが主役となり、新たな時代を切り拓く先駆けとなれ ~